真実の瞬間 SASサービス戦略はなぜ成功したか を読んで

真実の瞬間

 

真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか

 

1980年代前半、市場成熟による顧客の頭打ちとともに赤字に陥ったスカンジナビア航空。

さらなる市場の成長が見込めない中、大胆な戦略を用い、たった一年で経営を再建した、ヤン・カールソン自らが、その見事な経営手腕を記した著作が本著。

1941年生まれで、ストックホルム経済大学を出たヤン・カールソンは、スウェーデン大手の旅行代理に入社。めきめきと業績をあげ、入社からわずか6年で社長に就任。

当初は、社長という立場のプレッシャーから、上からの指示を徹底し、部下に仕事をやらせる。全ての判断をトップが行うというような経営手腕だったらしい。しかし、同僚からの指摘や周囲からの批判、自己矛盾への葛藤を経て、目が覚める。大きなビジョンをもって社員の士気を高めながら、働きやすい環境をつくるという経営の仕方を学ぶ。自分を取り戻し、大胆な手腕を発揮するようになる。

カールソンの経営の特徴は、古来の組織経営とはことなり、社長が事業の主役ではなく、スタッフが主役であるという大きな方向転換をしたことだ。また、それとともに顧客への重要な接点であるサービスを最重視し、ターゲットを絞ったうえで、サービスの質を落とさず、必要な無い箇所はコストを徹底的に絞るという手法を身につける。

旅行会社をみごと黒字化したヤン・カールソンは、スカンジナビア航空の関連会社である国内航空会社の社長就任を依頼される。古い経営組織の中、旅行会社で培った経験を活かし、社員が主役の組織改革を打ち出す。

競争相手と思っていなかった鉄道や車を競合相手に設定し、「スウェーデンの空路を全て半額で」提供する、だれもがあっと驚く分かりやすいサービスを打ち出した。さらに、飛行機という移動手段を選んでもらうために、今までこなっていないような好戦的な広告も打った。鉄道会社との広告合戦などが行われ、これが話題になったことも寄与して、社内、社外ともに変革の意識を生み出し、みごとまったく別の航空会社へ変貌を遂げた

その手腕を買われ、スウェーデンの国際線を司るスカンジナビア航空への社長就任を受け、今までの手法をさらに徹底し、赤字に喘ぐ航空会社をわずか一年で黒字化する。

 

本著のタイトルである「真実の瞬間」とは、顧客がスタッフと接する平均15秒の瞬間のことだ。

そのたった15秒の経験を素晴らしい体験とするために、経営戦略を定め、ヒトモノカネといった全ての資源を集中し、直接接するサービススタッフへ権限を委譲するというように社内体制も改変した。

ただし、大勢いるサービススタッフが最高の15秒間を生み出すためには、明確なサービスコンセプト、目標、ビジョンが、全てのスタッフに理解されていなければならない。好き勝手な理想や判断にによるサービスは品質の低下を招く。

そこで、カールソンはまず、顧客をビジネス旅行者に絞った。実際に、顧客が頭打ちになっていた市場で、安定的に利用してくれ、普通料金を払ってくれるのはビジネス利用者だった。そのビジネス利用者にとって最高の航空会社になるという目標を掲げた。全てのサービスは、ビジネス利用者にとって素晴らしいものであるように設計すればよい。非常に簡潔だ。

ターゲットを明確に絞ったため、スタッフも理解しやすかった。その実現のため、現場のスタッフは、自らのアイデアで、機内食から作業の優先順位にいたる全ての作業根拠を顧客目線で検査し直した。

例えば、当時、飛行機は種類ごとに車庫にはいっており、翌日の出発に合わせて出し入れのしやすい箇所にとめていたが、そのことが原因で、顧客が乗り換え時に、かなりの距離を移動しなければならなかった。しかし、顧客が歩かなくても乗り換えが出きるように、車庫入れの仕方を変えた。

末端のサービススタッフが最上のサービスができるよう権限を委譲をするのはありがちである。しかし、それをうまく活かしている組織は少ない。なぜならそれは、非常に困難なことだからだ。的確なサービスが提供されるためには明確な目標とビジョン、サービスコンセプトがしっかりと、そして心から理解されていなければならない。

ヤン・カールソンがすごいのは、「理解させる力」だ。

ターゲットを絞ることで明確にする。そして、ビジネス旅行者にとっての最高のサービスを実現する、つまり世界の航空会社におけるビジネスマンからの評価ランキングでトップになるという分かりやすい目標を立てる。そのために、真実の瞬間を最高のものにするという力の入れどころを明確にする。その分かりやすいメッセージを、的確な言葉で伝える。

理解させるために様々な手段も尽くす。

誰が聞いても理解できるような単純明快な言葉を使い(高尚さや独創性はいらない)、徹底した社員との会話(スタッフが三人いると必ずカールソンが現れると言われていたらしい)、猿でも分かるようなレベルで書かれた冊子『果敢に挑戦しよう』の配布(大きな活字のマンガ)、メディアを使った喧伝(自分たちへのプレッシャーに利用した)、サービス開始時の過度な演出(搭乗の際に、音楽を流し、バラの花を顧客に渡した)、テーマソングの作成、自分が率先しておこなう、などなど。

ビジョンやコンセプト共有のためにあらゆる手段を尽くしている。こういう並々ならぬ努力と工夫を持ってして、はじめて従業員が目覚め、動き出すのだ。

自分の内面からくる動機で働き始める従業員は、会社の最も大切な資産になる。顧客に取って何が重要なのかを、従業員が自ら認識することができれば、サービスレベルは自ずと向上し続ける。ひとつひとつの仕事が、なぜ重要なのかという理由を理解した上で業務を行うことが、重要なのだ。

自分のした仕事の重要性がわかれば、活力とやる気がみなぎり、責任感も醸成される。また、それがいかに財務状況に反映され、自分の業績につながるかも明確にしておけば、仕事もやりやすくなる。カールソンはここまで理解させるまで、徹底して様々な手段を講じるのだ。

1982年12月、スカンジナビア航空の2万人の従業員の手元に一個の郵便小包がとどいた。開けてみると、小さな飛行機の形をした秒針をもつ美しい金側の腕時計が入っている。そして、どこの航空会社でも実施している従業員複利制度の一環である無料旅行の規定が緩和されたことを伝えるメモと、今度は『世紀の戦い』と題した2冊目の小さな赤い本、パーティへの招待状、それにスカンジナビア航空が最悪の経営状態から史上最高の黒字に転じたその年の従業員の業績に感謝する私の手紙が添えられていた。

小包みの中身はそれほど豪勢なものではなかったが、それを受け取った社員は心から喜んだ。多くの社員が次のような内容の感謝の手紙を送ってくれた。「いい年した大人が、郵便局で小包をもって立ち尽くしていました。うれしさのあまり涙がこぼれそうになっていたのです。自分お仕事に対して感謝のお手紙をいただいたのは、入社以来はじめてです。そして何よりも素晴らしいのは、自分がその贈り物に値する仕事をしたと感じたことです」

社員へのねぎらいまで、しっかりと演出され、主役は社員であるというメッセージが込められている。

「真実の瞬間」に全てを向け、経営再建をした手腕。徹底した顧客志向に基づいた選択と集中の技も素晴らしいが、最も感心したのは、このカールソンの「理解させる力」とそれに伴った素晴らしい「演出力」だ。スタッフも顧客も幸せにする演出が、実際には、もっともっとあったのだと思う。その積み重ねが経営再建を成り立たせたのだと思う。

大きな改革や挑戦的なキャンペーンの実施などの際には、社内外問わず、反対者が現れる。取締役や組合、メディアや社員などなど、カールソンはこれらの存在から目を背けることはせず、逆に、自らのやりたいことを理解してもらい、協力者に変えて、乗り越えてきた。その面でもカールソンの「理解させる力」はすごい。

ちなみに、今回の経営改革に伴う行き過ぎた経営資源の集中などの煽りと航空業界の規制緩和を受けて財政状況が悪化、さすがにそのときは、国の力も借りて復活したらしいです。いずれにせよ、短期間で組織を変えるには明確な目標とメッセージをもって、徹底した伝える努力、そして分かりやすい演出が大切である。それを立て続けに実行し、組織文化の改革を短期間で実現したカールソンは偉大である。

真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか

<ヤン・カールソン>

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